その他のこと(4月〜6月)
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4月11日
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到 着 |
愛知を出発して7時間半、一年間お世話になる鳥取県東伯郡東伯町JAとうはくに到着。最初のこの町の印象は『結構街かな。』であった。
軽い挨拶を済ませ、この活動の基地となる東伯町の中山間地域別宮にある借家に移動。
東伯町は南北に長く、海岸に近いJAから別宮まではおよそ二十分。到着してびっくり、海岸部とは違って、スーパーもコンビニも何もなく、あるのは川沿いに広がる田んぼと小さい集落だけ。
しかし、話には聞いていたが築七十七年の立派なお家。平屋で八部屋、大黒柱は一尺のものが三本もあり、梁も大きく、都会では絶対住めないような家でした。また、窓からの景色も最高で、『日本のふるさと』というイメージを現実化させたものでした。
喜んだのは僕達だけでなく、一緒に連れてきたネコのグリグリ(♀)とマーブル(♀)も最初はオドオドしていましたが家の中を走りまわり、早速縁の下にもぐったりして遊んでました。
引越しの荷物を少し片付け、地域の方に挨拶。その後、大家さん宅にて焼肉の歓迎会。大変、気さくな方々で気楽な気持ちで一年過ごせれる気がしました。
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4月12日
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JA歓迎レセプション |
午前中、JAとうはく組合長・東伯町長・鳥取県倉吉地方農林振興局東伯農業改良普及部長に挨拶。日頃、このような活動をしたことがない自分にとって何を言っていいのか分からず舞い上がった半日でした。
夕方から歓迎レセプション。このレセプションが強力でした。
何も分からず、連れて行って頂くと決して小さいとは言えないホールでドアを開けてびっくり。『歓迎 尾崎夫妻来町レセプション』と書かれた大看板が掛かり、式次第まで用意してあり、僕らの結婚披露宴より、よほど立派なものでした。
ここではこれからお世話になるであろう方々が集まり(あまりにも人数が多く、名前と顔が全然覚えれなかった。)、JAとうはくのハムや地ビールなど郷土色豊かな料理と飲み物で歓迎されました。正直、えらい所へ派遣されてしまったというのが素直な感想でした。
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4月13日
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新法万橋竣工式 |
こちらに来てすぐに、「一つ橋が完成するのでめでたいから竣工式にでないか。」ということで参加。こちらの風習が面白かった。
東伯町では橋が架かったときには同一家内の三世代夫婦(親夫婦・夫婦・子供夫婦)が最初に橋を渡ります。いかにもめでたいし、長年に渡ってこの橋は落ちないような気がしますね。
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4月15日
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ふるさと21歓迎会 |

JAとうはくの受け入れ担当部署ふるさと21推進室は分かりやすく書き換えると農地開発課になるのかな。読んで字の如し、21世紀のふるさと(農業)へのお仕事をしているところです。ここの活動については後日報告できると思います。
この日は僕らを囲んで一向平(いっこんがなると読みます)野営場でバーベキュー。到着して一週間疲れた僕らを皆さんが元気付けてくれました。
画像の平野部分(一向平)の先にある、この野営場は今風(オート)のキャンプ場ではなく、木々の下にサイトがあり、大変感じの良い所で気に入ってしまいました。
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4月16日
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大山滝山開きクリーン作戦 |
昨日歓迎会をした一向平野営場から大山滝までの登山道をお掃除。野営場から吊橋までは平坦で道が良く、軽い足取りで進んでいきました。吊橋からは坂道になり、今年は雪が大変多かったとのことでまだ途中にはかなりの雪が黒くなって残っていましたがその雪を踏み締めながら登っていきました。途中、旦那小屋跡(昔たたら士が住んでいた小屋)・木地屋敷跡を過ぎ、少しすると滝音が聞こえてきました。左手方向を覗き込むと『日本の滝百選』にも選ばれた二段滝、大山滝です。
消防・警察・レインジャーの方は滝壷まで降りて清掃活動をしていましたが、過去何度か転落事故が起きているということで、今回は断念し、ここで引き返しました。
ゴミを拾いながらの登山でしたが結構堪能できました。ゴミの方は雪が多かったので人がはいってないので余り落ちていませんでした。目立ったゴミはタバコの吸殻です。フィルター部分は分解されません。かならず吸殻入れを持っていきましょう。
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4月21日
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カウベルホールピアノコンクール |
カウベルホールはJAが建設したものとしては全国でもおそらくここだけという、本格的音響施設を備えたコンサートホールです。
ここでは毎年、小・中・高校生を対象としたピアノコンクールが開催されます。鳥取県内はもとより中国地方の子供達が参加します。入賞商品はJAの特産品で特に最優秀賞には子牛が一頭与えらます。
このコンクール開催のお知らせをダイレクトメールで発送します。その作成をしました。本番の日が楽しみです。
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4月29・30日
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ザイラー氏の田起こしに京都へ |
カウベルホールの関係でピアノディオ・かやぶきコンサートで有名なザイラー夫妻の田んぼの田起こし・畦塗りに京都府船井郡日吉町へ。東伯町に来て初めての県外での活動です。
東伯町から日吉町へ車で半日かけて移動。途中、車窓から見る春の日本海は波は荒いがどこまでも青く綺麗でした。途中、鳥取砂丘を観光し、JAの皆さんとおしゃべりしている間に到着。ザイラー夫妻のかやぶき屋根のお宅で夕食をご馳走(なすのグラタン等)になり、カウベルホールでのザイラー夫妻のコンサート・JAとうはくの職員が来ないと整備、運転できないザイラーさんの耕運機等、いろいろなお話をしました。JAとうはくの音楽への取り組みとザイラー夫妻の農への取り組みが結んだ妙な関係を知ることが出来ました。その後、宿泊施設に移動し、爆睡。
翌日、田んぼで畦塗り、水平だし。子供のころの田んぼの中でヤゴを捕まえていた泥遊びを思い出し、なつかしくなり、その為かひどく楽しく作業が出来、一日がとても早く過ぎていきました。夕方、雨が降り始めたため終了。
今晩も夕食をご馳走になりました。このときのワイン漬け鹿肉の燻製がとても美味しく舌と頭に残っています。「日本人は鹿肉の実力を知らない。猪肉は高く売れるが鹿肉は買わない。」と言ったザイラーさん。また、伺う事ができるなら、伺って鹿肉を頂こうと思いました。
帰りの車の中では因幡の貝殻節を教えてもらい、民謡談義。楽しい2日間でした。
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5月2日
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JA梨公園 |
JA梨公園、ここは東伯町の梨の発祥地で、当時からの樹(樹齢80年から90年)が、現在も現役で梨をつけています。その樹はオーナー制度で買い取られていて、JAが管理をしています。通常の梨の木ですと350個前後の実をつけますが、この老木たちは900個程実をつけます。多い感じがするかもしれませんが樹齢と個数が比例すれば1500個程つけるはずだそうですが、お年の為、樹生が弱くなっているそうです。
しかし、これだけの大木が実をつけるのを想像すると身震いを憶えます。
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5月7日
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やまびこサークル竹の子堀 |
やまびこサークルとは中山間地の食品加工グループで、地域で採れたり農家から出る規格外品を利用して、きゃらぶきやトマトケチャップ、ちまき等を作っています。仕事の無い土日や夜に集まって行われますが、趣味のサークルではなく、食品加工を通して地域の活性化を目指していて活気があり、その技術も考え方も参考になります。製品は土産物店やお祭り等で販売しています。地域の物と人を活かして造られたものはとってもおいしいです。
この日はタケノコなどの春の山菜を採りつつ勉強し、一向平で天ぷらにして食べる会です。まずは東伯町三本杉の竹薮でタケノコを掘り、タラの芽を採りました。タケノコを掘るのは初めてで、一撃で採る為のつぼみたいな部分があり、そこに入れれば簡単に採れるのが思ったより難しく、苦労しました。竹薮の脇にタラの木があったので、タラの芽をいくつか採り、近くの田んぼの脇の沢でクレソン・セリ・タキナを採り、一向平の小屋の中で天ぷらにしました。どれも野趣あふれる味でとても美味しくいただきました。
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5月21日
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烏ヶ山登山 |
東伯町で標高が一番高い所で1448mです。東伯町には綺麗な砂浜があり、海水浴場もあります。つまり、0Mから1448mと一つの町で日本海側のいろいろな自然を楽しむ事が出来ます。その1448mの地点が烏ヶ山です。
由来は遠くから見ると羽根を大きく広げた烏に見えるためです。また、山陰のマッターホルンとも呼ばれています。
東伯町主催なので町のバスに乗り、登山口の東伯町ではなく江府町の鏡ガ成まで行きました。最初は杉林で景色もこれと言った所も無いので退屈でしんどい登りが続きました。久しぶりの登山の為か、この時点で息があがってしまいました。しばらくいくと尾根道に変わり、ブナの大木が目立ってくるようになると景色も良くなり、前に出す足が少し軽くなってきました。いっしょにこの催しに参加した子供たちからおばあちゃんまでそれぞれのペースで登山を楽しんでいるようでした。森林限界を越え、潅木が目立つようになると岩石の露出した急な上り坂になり、軽くなった足も再び重くなっていきました。そして、難関マッターホルンと呼ばれる地点までやっとやって来ました。写真のようにこの山が火山として活動していた頃の溶岩ドームの部分です。5m位はありそうな一枚岩を固定ロープをしっかりと握って登ったりと、まさに山陰のマッターホルンを楽しみました。この地点を登りきると頂上です。僕らが到着した時には子供達は既に弁当を食べ終わり、頂上で遊びにふけってました。おばちゃんもお尻を押し押ししてもらいながらも無事登頂成功でした。
頂上からは中国地方の最高峰大山が真っ白で大きな姿を見せ、その稜線を二人の登山家がゆっくりとだがしっかりとした足つきで頂上を目指しているのがわかりました。登山は何といっても登りきった後のこの綺麗な景色をみることが、醍醐味だと感じました。
皆、食事をし、それぞれが展望を楽しんで、記念撮影をし、無事下山。
久しぶりの登山を満喫した一日でした。
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5月28日
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カウベルピアノコンサート |
第14回カウベルピアノコンサート 小学生一年生から四年生までの本選会と五・六年生の予選会が開かれました。受付を担当し、演奏者とその保護者の方の案内をしていましたが、ホールにあるテレビから会場の演奏の様子を見ていました。低学年はかわいらしく、ピアノを演奏していましたが、高学年になるほどピアノをしっかりと弾いていて、失敗して泣きながら会場から出てきたりして、このコンクールに力を入れていたことがわかります。
五・六年生を除く最優秀者・優秀者にはJAとうはく「ふるさとおふくろ便」が一年分進呈され、五・六年生は七月十六日の本選会に進みます。牛のぬいぐるみを着てこの表彰式のお手伝いをしました。小学生らしくなく、叩かれることや蹴られることもなく、無事終了しました。
中高生の予選会は先週に終わっていますので、七月十六日の本選会が楽しみです。
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6月2・7日
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中山間地直接保証傾斜地図色塗り |
中山間地の田んぼは傾斜度によって、保証金が法律ででることになりました。東伯町役場(今回は役場での作業です。)では調査の結果を地図上で色分けする事にしました。前にも触れましたが この東伯町は0m〜1448mまで南にひたすら上りです。なので、結構多くの田んぼがこの保証制度に当てはまると思っていましたが 緩傾斜が大多数で急傾斜地はほんの少しでした。
広大な緩傾斜地の田畑が東伯町の農業をこれだけ盛んにしたことが この作業で理解できました。
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6月4日
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地域部落の総事(草刈り・竹林の清掃) |
総事。地域集落の住人皆で行なう地域活動です。
お金を出せば誰かがやってくれる都会とは違って、過疎地であるここでは皆で何かをしなければ事が運んでいきません。今日は別宮集落の水路の清掃・草刈り・竹林の清掃を地域の皆様としました。
愛知県にいたころは地域の活動にはほとんど出たことはありませんでしたが 参加してみて、面倒な面もありますが、地域環境の維持には必要な事だと思いました。
作業終了後、地域の方とお酒を飲みました。地の人、他県からお嫁にこられた方、Uターンの方等、いろいろな方とお知り合いになり、これからが楽しみです。
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6月7日
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町韓国語講座出席 |
今日から東伯町の韓国語講座カナダラ(日本語で言うひらがなみたいなものです。)教室に行きました。きっかけは大山滝山開きクリーン作戦で偶然この教室の先生とご一緒になったからです。先生といってもまだ大学を出で間もない今時の若い韓国人の女性です。彼女の性格の面白さに惹かれての参加です。そして、親戚に韓国人の女性と国際結婚をした人がいるからです。
この一年でどれだけレベルが上がるか楽しみです。
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6月8日
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赤碕町 愛知出身者と飲み会 |
僕らのこの活動が地方紙に載りました。新聞を読んで僕らのことを知って、赤碕町の方が突然、電話を掛けてきました。昔、愛知県に住んでいたり、仕事をしたりしていた方たちでした。ご自宅にお誘いを受け、ご馳走をよばれ、愛知県のこと、JAとうはくの組合長さんのこと、これからの農業のこと等いろいろな話をしました。
愛知県と鳥取県の両方を知る方々とのお話は今後の活動に役に立つことが多く、心なしか気が楽になりました。
P.S.会う前は怪しい人たちで拉致されたらどうしようかと思っていました。
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6月9日
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別宮集落ソフトバレーボール練習 |
古布庄小学校区でソフトバレーボールの試合があるので練習を行ないました。ソフトバレーボールというのはゴム製のボールでネットも低く、四人制でプレイするバレーボールです。事故などが起きにくく、老若男女が楽しめるスポーツです。
高校生の時に一年だけバレーボール部にいたので、結構楽にできるかと思っていたのが甘い考えでした。ボールがゴム製で軽いので、サーブが不規則に変化するのです。レシーブが一度として返せないまま練習終了。試合の時、まともにできるのか不安いっぱいだった。
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6月11日
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地区、ソフトバレーボール大会 |
我、別宮集落は男女とも2チームに分かれて、大会に参加。この前の練習から学んだ変化するサーブを武器にガンガン勝ち進んでいく予定だったが自分のチームは一回戦負け。しかし、男女とも残りのチームが健闘し、優勝しました。
小学校地区という小さい大会ですが、この大会のおかげで集落の方と深く打ち解ける事ができたと思います。大会の後の打ち上げも皆さんとワイワイ楽しくお酒を頂きました。これからも地域のイベントにはできる限り参加していきたいと思います。
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6月18日
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役場の親睦会(大栄町で地引網) |

役場の方に誘われ、大栄町の妻波海岸の地引網に早朝から行ってきました。
生まれて初めての地引網です。想像では腕が筋肉痛になるくらい網を皆で引っ張り、汗ダラダラになって行なうモノだと思っていました。
少し、遅く到着すると既に沖合いに仕掛けている網のロープを機械で巻き始めていて、近くに来るまでは何もしなくて良いそうなので、役場の皆さんと漁獲の話をしたりと雑談をして、楽しんでいました。数年前に行なったときは不漁で「一人当り数匹しか、割り当てがなかった。」とのことで期待と不安で網が引かれてくるのを見ていました。この辺りの海はきれいな砂浜がどこまでも続き、水はとても澄んでいて、愛知県の海とは全く違っていて、綺麗です。こんな場所の魚ならきっと美味しいに違いないと誰もが確信できるほど良いです。
網が近づくと海に入る人、砂浜でロープを引っ張る人と別れる形になって、作業しました。子供も大人もそれぞれが楽しそうに引っ張っていました。手ごたえはあるのかないのか、全く分からなかったのですが、網の先端が近づくと重たくなり、いくらかの魚がいることがわかりました。少しずつ、魚が上がってきました。
ホウボウ・キス・イカが網の目にはまって、まず顔を見せました。
大人がこれを取って砂浜に投げると子供達が急いで拾ってバケツに入れ、魚達を観察していました。
僕はというと「これは美味しい刺身が食えるなぁ。」と思って、網を引く手についつい力が入ってしまうのでした。
そして、網の最後のくびれた部分がもうそこまで引き上げられて来ました。
大漁です。
初めてなので、本当にそうかはわかりませんが、少なくとも僕にとっては大漁に見えました。
かなりの数、種類の魚が引き上げられました。
アジ・キス・コチ・イカ・カニ・シタビラメ・サメ・エイ・エソ・クラゲ・タイ・ヒラメ等々いっぱい、いっぱい入っていました。
網の底を解いて、魚を水槽に一旦、いれます。皆で分けると一人あたり、約20匹分け前が有りました。
家に帰り、アジ・キスは天ぷらにして、お腹の中へ。タイ・シタビラメ・大アジは開いて、冷蔵庫の中へ。嗚呼、美味しかった。
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